【第6章 言語の理 E】英語の抽象、言葉の象徴

英語の抽象、言葉の象徴

英語が日本語に比べて、一人称つまり自己の捉えかたの性質から、またアルファベットという表音文字の性質からいっても抽象的な特性を持っている事がわかった。しかし、だからといって、英語は抽象的な言葉であると言い切ってしまってよいものであろうか。その事について更なる検討を加える為に、今度は英語を単語レベルに区切って見ていこう。

“able"という単語がある。この単語を手持ちの辞書(PROCEED・福武書店:現ベネッセコーポレーション)で引いてみると、形容詞で「①(…することが)できる ②有能な、才能のある;立派な、見事な」とある。この“able"という単語、実はこの単語独自で使われるほかに、様々な他の単語と結びついて別の意味を作り出していく。その例を挙げてみると、“dependable"“eatable"“usable "などがある。これらの一つ一つの意味を辞書で引いてみよう。

まず、“dependable"は形容詞で「信頼できる、頼もしい、当てにできる」とある。この単語は動詞で「頼る、依存する、当てにする」という意味を持つ“depend"という単語と“able"という単語がくっついたものである。そしてその“depend"が表すイメージと“able"が表すイメージの融合によって「信頼できる、頼もしい、当てにできる」という意味が生まれたのである。次の“eatable"は形容詞で「食べられる、食べられる状態にある」という意味である。この単語は動詞で「食べる、食事をする」という意味を持つ“eat"と、“able"がくっついたものである。そしてやはりこの二つの単語の持つイメージの融合によって「食べられる、食べられる状態にある」という意味が生まれている。最後に“usable"であるが、これもやはり形容詞で「使用できる、便利な」という意味である。これは動詞であり名詞でもある“use"「使う、使用する」「使用、利用、用途」という単語と“able"がくっついたものである。これもやはり二つの単語の持つイメージの融合によって「使用できる、便利な」という意味が生まれているのである。また、更にこの“dependable"“eatable"“usable "の三つの単語が全て形容詞であることから、“able"の付く単語は品詞が形容詞になるということも分かるのである。つまり“able"という単語は形容詞をイメージしてもいるわけである。

このことは他の多くの単語にもいえることであり、そこから英語の単語の一つ一つは明確なイメージを持っていて、そのイメージの融合により別の意味を作り出すという事が分かる。イメージを持っているということは、この論文の文脈でいえば何かを象徴しているということである。この事は上記で見てきたような表音文字つまり抽象的な性質と矛盾しないのだろうか。

言葉というものの基本的な性質を考えてみよう。言葉というものは他人に何かを伝える為に使う物である。だからあらゆる言葉は「その言葉を発する本人が伝えたいこと」というものがその裏に隠されている。どんな言葉を使うにしろ、人間が他人に意味を伝えたいときには、一つ一つの言葉はその話者の意志という属性を持っているのだ。だから抽象的な文字を持った言語だからといって、全ての物事が抽象的に行われるわけはないのである。何回も出てきているように、この論文における「抽象」と「象徴」は二元対立をするものではなく、一つのものを見るときの二つの見方なのだから。むしろ、どのような文化においても言葉を通じてのコミュニケーションを行っている限り、そのコミュニケーションは言葉の裏に隠されている属性への共感という形をとらざるをえないのである。

それでも文字というものがその文化を特徴づける大きな要素となり、何百年何千年という年月の間、多少の変化はあったとはいえ同じ形態の言語そして文字を使うということによって、文字と言語の文化が知らず知らずのうちに人間の思考形態や世界観を特徴づける役割を担っていたのではないかと考える事が可能であろうか。表音文字と表意文字という文字の特性の違いが世界の捉え方(世界観)の違いに影響しているといえるのではないだろうか。そのことに対する解答は、次の章にまわすことにする。