【第2章 多神教の理 B】神の世界観

ギリシャ神話の神々は天地を創造するというような大事業はしていない。そういう意味で、ギリシャの神々はイスラエル人の考えた神つまりユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神に比べると、人間的だ。前八世紀のギリシャの詩人ヘシオドスは『神統記』においてこの世界のはじまりは、形もはっきりしないどろどろした塊で天も地も海もみなごちゃまぜになっていた混沌(カオス)で、その混沌(カオス)から大地を象徴する神(ガイア)が生まれたとしている。そしてこのガイアが他の神々、例えば愛の神エロス、天の神ウラノス、海の神ポントスなどを生んだという。ガイアは愛の神エロスの働きで自分の産んだ天の神ウラノスと結婚する。ウラノスは神の王となり、この天と地の間に十二人の「ティターン(巨神)」と呼ばれる男女それぞれ六人ずつの子供をもうけるのである。ちなみに、後にはその中の八人が兄妹同士で結婚している。

ヘシオドス 神統記

ホメロスと並ぶ最古の叙事詩人ヘシオドスが唱いあげるギリシア諸神の系譜。ギリシア神話、宇宙論の基本的な原典といえるのが本書です。

ところが、ウラノスは自分の子供をかわいがらずに、生まれてくる子供たちを片端から大地の穴に押し込んでしまった。それを見た母ガイアは大変悲しみ、ウラノスに復讐しようとする。ガイアは穴に閉じ込められている子供たちの所へ行って、ウラノスを倒す計画を子供たちに持ちかけるが子供たちは父ウラノスを恐れてなかなか承知しようとしない。そんな中で一人だけ、末息子のクロノスだけは、父ウラノスが寝ている間に復讐を果たす(ちなみに、殺してしまったわけではなく、男根を切り取るという形での復讐である)。

父ウラノスに代わってクロノスは神々の王になるのだが、ウラノスはクロノスを憎み、呪いの言葉を浴びせかける。それは、「お前(クロノス)もやがて自分の息子によって王座を奪われる」というものであった。クロノスはその言葉が気になって、自分の王座を守るために妻の産んだ子供を次々と呑み込んでしう。クロノスの妻レアは悲しんで、末っ子のゼウスという子供を夫クロノスに見つからないように山の洞窟に隠し、ニンフ(ギリシャ神話における精霊の総称で、美しい女性の外見をしている)に育てさせた。ゼウスは成長すると薬を使ってクロノスが呑み込んでしまった兄弟達を吐き出させ、兄弟そろって父に戦いを挑み、勝利する。父クロノスを追い払ったゼウスは兄弟でこの世界を分け合って統治することにする。こうしてゼウスは天、そしてその兄弟のポセイドンとハデスはそれぞれ海と地下の世界(冥界)を分割して治めるようになったという。

ここで興味深いのは、人間の社会においてタブーとされている事を人間の上位存在であるはずの「神」が平気で行っているのということである。自分の子供との結婚(ガイアとウラノス)、兄弟同士での結婚(ガイアとウラノスの子供12人のうち8人が兄妹で結婚)、子供の虐待(ウラノスとクロノス)、妻が夫を害そうとすること(ガイアによるクロノスへの復讐の教唆)、子の親への復讐(クロノスとウラノス、ゼウスとクロノス)などがそうである。