【第1章 原始の理 E】 シャーマニズム

アニミズムは個人あるいは社会や文化が理解しがたいものに対して与えた単なる解答であるに過ぎない。しかし、シャーマニズムはアニミズムが与えた解答を、自分たちの属する社会の利益となるようにうまく利用しようとするものであり、ある特定の個人を崇拝することによってその利益を共有しようとする人間達で構成された社会のことである。そして、利益をもたらすために行われる様々な行動の様式が占いや予言、呪い、治療行為などの呪術なのである。

シャーマニズムの基本となるシャーマン特有の「トランス」と呼ばれる精神状態は主に「憑衣」と「脱魂」という二つの側面によって説明される。憑衣は本人以外の何者かが入り込んで人間を支配下におくものであり、脱魂は人間の意志(霊魂)が本人の肉体という束縛から抜け出ていくものである(桜井徳太郎他『シャーマニズムの世界』春秋社)。

シャーマニズムの世界

インターネット時代の現代人には見えなくなってしまっているものを読み解いています。古い書籍ですが、一読の価値はあります。

脱魂

脱魂とは、シャーマンが自らの意志によって意志の象徴である霊魂を自分の肉体から分離することによって通常では肉体の制約によって行くことの出来ない場所に行ったり(例えば宇宙や海の底)、別の世界へ行ってきたりするものである。もちろん、ただ霊魂が別世界への旅をするだけでは意味が無いので実際は別世界に行くことによって現世の中からでは見えないものを見ようとしたり、わからないことを理解しようとしたりしてそれを現実社会の生活に役立てようとするものである。

例えば、アムール川に住むオロチ族では、人間の病気はそのものが霊魂を喪失した為に起こると考えられている。だからオロチ族のシャーマンは、自分の霊魂を肉体から分離させ霊界にまで飛ばし、霊界からその病気になってしまった人間の霊魂を連れて返るという動作を象徴的に行うことによって病気を治そうとするという(佐々木宏幹『シャーマニズム』中公新書)。つまり、「脱魂」の意味するものとは普通の人間には触れることの出来ない世界、現実世界とは別の「理(ことわり)」に触れ、その「理(ことわり)」に従っているとされる(わざわざこのような言い方をするのは、シャーマンの触れうる「理(ことわり)」はシャーマン以外のものにとっては存在の実証が不可能だからである)行動をとることであり、そのことによってシャーマンは社会を構成する人間の畏敬の念を勝ち取り、権力を得るのである。

憑衣

憑衣とは本人以外の何者かの意志(霊魂・精霊)が乗り移ることによって本人の意思がその支配下におかれる状態を言う。例えばインドのサオラ族ではシャーマン(ここでは女性)の儀式は夢の中に現れる地下世界に住む男性の求婚から始まる。求婚を受ければシャーマンになるというわけである。しかしほとんど全ての女性は危険に満ちているシャーマンの仕事をすることを嫌い、夢の中での男性の求婚を断る。そうするとその女性には求婚を断られた地下世界の男性がとり憑き、女性は狂ったようになり、髪を振り乱しながら原野や森をさまよう。周囲の者達はその様子を見てその女性が守護霊に「召されて」いることを察し、その意志を入れて守護霊と女性との婚礼を行う。そうするとその女性は婚礼を行った守護霊の援助の下に、一人前のシャーマンとなるという(桜井徳太郎他『シャーマニズムの世界』春秋社)。

憑衣とはある特定の人間に対して、その人間以外の何ものかが入り込むものである。入り込むものの例としては、狐(狐憑き)、カミ、霊魂、精霊などがある。この「憑衣」が自分の意志あるいは他人の意志によらず変則的に生じてしまう者は普通、異常者扱いされる。つまり、外見的にはそれは気の狂った人間と変わりはないのだから。しかし、自らの意志によって、自分に対してあるいは他人に対して憑衣を行えるものはシャーマンとして畏敬の対象になるのである。また、自らの意志によらず憑依したとしても、上記のインドのサオラ族の例のように周囲の人間に「憑依」に対する理解が文化的なレベルであるとすれば、それはやはり畏敬の対象となるのである。また、初めのうちは憑依が自らの意志によらず起こったとしても、結局は自分の意志で憑依が行われるようになるのである。つまりシャーマニズムの基となっているのは自分たちにはよく理解できない力を自らの意志で自在に操れるということへの畏敬の念であるいえよう。

「ある特定のものに対して、そのもの以外の何ものかが入り込む」ということは人間の意識の中で理性が占めていたある部分を本人以外の別の意識が占領するという意味であり、意識を理性の支配下に置かないことによって普段とは違った力を生じさせるものである。その普段とは違った力が憑衣によって生じると考えるのである。「憑衣」「脱魂」のどちらの場合にしてもシャーマンは普通の人間がもっていない力を発揮することが出来るわけであって、畏敬の対象となり、権力を得るのである。しかしシャーマニズムでもっとも重要なのはそれが社会秩序の一環として積極的に取り入れられていることにある。また、このシャーマニズムの中にはは自分たちの知らない手段によって現実世界に利益をもたらすものに対して権力を与えるという人間社会の基本的な性格を顕著に見ることが出来るのである。それでは次にアニミズムやシャーマニズムの世界観の中で盛んに用いられる、現実世界に利益をもたらす手段である「呪術」の体系についてみてみよう。